リアリティ

 ココモビーチに行ってきたという彼の話を聞いて、テオが思い浮かべたのは浜辺に並べたデッキチェアに寝転がるディーユだ。派手な柄のサーフパンツに、前なんて少しも閉めないラッシュガード。フルーツのささったカクテル片手に、サングラスをかけたまま寝転がって足を組んでいる。

「ふふ、いいなぁ」
「そうかな」
 楽しい空想とは裏腹に、目の前にいる本物のディーユは片眉を寄せ、肘をついたまま物言いたげな視線でこちらを見ていた。
 まさかそんなわけないと思うのに、バカンスを満喫中のディーユが面白すぎて、テオの思考は中々現実に戻ってこない。
 夏日が続くプロンテラに長く居たせいで、退屈さがなまぬるく茹ってきている。特にここ数日は、遠征でディーユが居なかった。

「浜だから、とにかく物がなくてさ。目隠しもないし、日除けもないしで、結構狩りにくかったな」
 一人で?とテオが尋ねると、まさか、とディーユが肩を上げた。彼は左手でアイスコーヒーの入ったグラスを持ち上げる。
 彼の喉の動きに合わせて減っていくグラスの中身をテオはしばらく眺めていた。このカフェのテラス席は自分たちのお気に入りのスポットだったが、ここで彼が冷たいコーヒーを飲むところは初めて見た。ストローを中心から少しずらした場所で咥えている唇にばかり、目がいってしまう。どうしてそんな位置で?と思って、テオは自分でもグラスのストローを咥えてみる。やはり、中央で咥えたほうが座りが良い気がする。
 でも、彼のその仕草はどこか小粋に見えて不思議だ。

「直射日光でどんどんダウンしていくから、最後の方はほぼ陸側で狩ってたよ」
「暑いの、弱いの?」
「いや、まあ、弱くはないかな、うちのギルドの中じゃ」
 ディーユはこちらを見つめて、浅く笑った。
「テオくんのほうが、日に弱そう」
「ええ?」
 テオは笑い返す。
「俺、汗かかないけど、そんなに暑いの不得意じゃないよ」
「はは。違うよ、日焼けが」
「あー。それはそうかも」
 袖をまくって腕を見る。上手く日に焼ける部類の肌ではない。いつも長い袖に守られているせいだろうか。日頃から徐々に焼いて行くほうがいいのかも知れない。
 テオはちらっとディーユのほうの腕を見比べる。ブラックスミスの服を正しく着こなす彼の腕に、布がかかっているところは見たことがない。
 よく見ると、水を弾きそうな良い皮膚の質をしている。肉付きもほどよいし、筋が手首まで伸びてきれいだ。あ、グラスを指三本でしか持ってない。
 自然と笑いがこみあげてきてしまう。
 空想の中のディーユと違って、生のディーユはディティールが凝っている。

「ビーチもいいけど、カフェのディーユくんもいいね」
 言えばディーユが、意味をくみ取れない様子で首をわずかに傾げた。
 浜辺でカクテルを飲む彼も、ギルドメンバーと砂浜でバテながら戦っている彼も、想像するのはとても楽しいけれど、でも、やはりディーユは目の前で眺めるに限る、とテオは思う。でもそれを正しく伝えるには骨が折れそうだし、そもそも元から伝えるつもりはない。

 どうかした?とディーユが視線だけで尋ねてくる。あるいは、テオくんもだよ、の顔かも知れない。この後はどこ行こうか、の顔かも。そのすべての含みのある表情を、彼はしている。
 完璧だ。どうしてそんなことができるんだろう。
 たっぷりとディーユと視線を合わせてから、テオは少し考えていたことを口にしてみる。
 
「ねえ、ディーユくんがさ、そのストローの咥えかた覚えたの、何歳から?」
「え?」
 ディーユの表情が崩れた。
 たまらない楽しさを噛みしめて、テオは自分のアイスティーを啜った。


2020.07.23