5-5
「俺……今、なんで謝られてます……?」
スルガは、困惑したまま半笑いで首を傾げていた。
「え。さあ、なんででしょうね」
結論が出たツイードは、自分の中の折り合いがついたものだから、頭の中の荷物が全部きれいに片付いたせいで、細かいことはどうでもよくなった。不安がるスルガを、また可愛いなと思える心のゆとりまで生まれる。
煙草が吸いたかったけれど、あいにく手元にそれはなく、仕方なしにビール瓶にまた口を付けた。
「これって、初めのゴメンナサイの意味じゃないですよね?」
「初めの?」
「ほら、俺が告白したら初めにツードさんが言ってた、OKじゃないほうのゴメンナサイですよ。違いますよね?」
「そうですね」
「大好き、って意味ですよね」
「え、そうかな」
「好きって、今言いましたよ、ツードさん」
「言いましたね、俺。俺って、スルガさん好きだったんだなあ」
スルガはツイードの腕を持ったまま、今の状況の意味がまったく分からないという顔をしている。
「俺……てっきり、デートだと思って……」
話し出すスルガに向かって、ツイードがベッドの隣を手でトントンと叩いてやれば、彼は大人しくそこに腰を下ろした。彼の体重分、ベッドのマットが沈み込む。
「そしたら、なんかめっちゃ真面目な話になるから……、ビビりましたよ……」
すみません、とツイードは謝ったが、初めからこの話だと告げてここに来たら彼はもっと『ビビって』いたんだろうな、と思うと、どうにも可笑しくて表面だけの謝罪になった。
「でも、びっくりしたけど、結果的に、嬉しいかも」
片手で口元を多い、照れ隠しのように視線を壁へ向けたスルガを見て、ツイードは素直に『良かった』と思えた。にやけた彼の口元が、愛らしいとすら感じた。
「好きですよ」
ツイードはそれを眺めていただけのはずが、気づけば自然とその言葉が口をついて出る。
ん、と小さく、顔を赤くしたスルガがむせた。
「遅れちゃって、申し訳ないですけど。俺、馬鹿だから、時間食いましたね」
「え? ツードさんが? どこが?」
「あー……話すと長いんですけど、まあ」
ツイードはぼんやりと天井を見上げ、そのまま言葉を止めた。濁したというより、正しい言葉が見つからなかった。
今、おそらく、一番晴れやかな気持ちで素直にスルガが好きなので、些末なことに頭の容量をさく気が起きない。
スルガが隣で、安心したように大きな息をついた。
「マジで、一生セックスできないのかと思った……」
本当にな、とツイードはその横顔を見る。実際にしないつもりも無かっただろうが、覚悟だけであれをよく言ったな、と感服する気持ちが強い。
けれど、その覚悟に報いたい、と思うものの、どうしても報えない、というのもまたツイードの中での事実だった。
「あー、でも、そういう問題じゃなくても、できないと思いますよ、俺は」
「え!?」
スルガは飛び上がるようにベッドから立ち上がる。
「今までの話、なんだったんです!?」
目を見開いた彼がこちらに迫ってくるので、ツイードは思わず身体をのけぞらせた。
「え……、俺、できないって、ずっと言ってますよね」
「でも、俺のこと好きって!?」
「いや、好きですけど」
手で制すると、スルガはゆっくりその身を引いた。
「好きに――なっても、ケツは嫌です」
「ブ……ブレない、なあ……」
ツイードが再びベッドをトントンと叩くと、スルガは放心したまま、同じようにすとんと腰を下ろした。
座る速度が速いわりに、こちらに衝撃が伝わってこないな、と感じる。アサシンはみんなこうなのか、と関係ない疑問をツイードが思い浮かべる中、スルガは頭を抱えたまま、絶望的な声を出した。
「……めちゃくちゃ、分かるだけに、俺……なんにも言えないんですけど……」
「めちゃくちゃ分かるんですね」
「分かりますよ、そりゃあ」
(そんなに分かられると、困るんだけどなぁ。別の意味で)
ということは、スルガのほうも嫌なんだな、という結論にツイードは達する。厄介だ。打つ手がない。
ツイードはしばらく唇を親指で押さえつつ思考を巡らせ、『いや、打つ手がないこともないか』と思い直した。
ゆっくり首を傾けて、スルガの顔を覗き込む。
「スルガさん、どうしても挿れたいです?」
「え…っ」
ぱっとスルガが期待めいた顔をあげるが、その表情に流されないように、ツイードは先に言い含めた。
「いや、期待しないで聞いてください。俺とキス以上のこと、したくないですか」
「……し…」
目の前の顏が赤くなりながら、何度も瞬きが繰り返される。
「……したい、けど」
その言葉を聞いて、ツイードは思いのほか心臓の鳴る満足感を得た。その余韻のせいで反応が少し遅れたものの、予定通りの言葉を続ける。
「じゃあ、合意ってことで」
「へ?」
「予定とかないですよね、この後」
「……ないです……あっても空けます」
茫然と呟くわりに、とんでもなくちゃっかりした返答だ。ツイードは思わず口元に笑みを浮かべる。
「じゃあいいですね」
こくこく、と頷くスルガが、口を開いたままこちらに尋ねた。
「え、でもそれって、結局、どういう意味です…?」
ツイードは立ち上がって、ビール瓶をテーブルに置く。
「一生できないなんて、嫌だからな、俺は。ようは、どっちもケツ使わなきゃいいんですよ」
首を鳴らせつつ後ろを振り返ると、スルガがじっとこちらを見ていた。
「マジですか」
理解したスルガが、ぽそりとそう言い、
「マジですね」
ツイードがそれに答えて頷いた。
「嫌です?」
5-6
触れた唇は、熱かった。
位置を確認するためだけに頬に置いたはずの手に、ぐっと力がこもる。
ツイードが舌先でちろっとスルガの唇を舐めると、すぐにスルガが彼の舌を差し入れてきて、口の中奥深くで溶け合うようになった。
舌を絡めるキスで、こんなに長く続けていられるやり方があるんだなとツイードは思う。
犯すようなキスでもなく、せがむようなキスでもない。スルガのキスはいつも柔く、熱く、ぬめるのに、しなやかだ。
やがて、舌先が少し痺れだしてから、ツイードは唇をゆっくりと離した。
ハ、と近くで、スルガの息が聞こえた。
間近で見るその火照った目に煽られて、もっと口付けてみたくなる。ただ、咽喉が痛いほどぎゅっとこわばっていて、その力をほぐすためにツイードは一旦、キスの続きをやめた。
スルガが唇に手の甲をあて、視線を下にそらせて瞬かせる。
「あーーーすっげえ緊張するーーーーーッ」
「…なに言ってんですか、今さら」
言いながら、ツイードも自分の息が荒くなっていることに気づく。さっきまで普通だった心臓が、突然存在を主張し始めていた。
「やばい、俺、こんな緊張してからすんの、初めてかもしんない…。し、心臓が、ほら」
スルガは自分の胸に手をあてていて、その脈拍に、手の平ごと振動で揺れているのが見えていた。
「うわぁ」
「全力で走っても、こんなん、なんないですよ」
「ですか…。え、どうします? 水でもかぶってから帰ります?」
「なんで!? 帰んないですよ!?」
「じゃあ、続き、します?」
言いながらツイードが顔を近づければ、スルガは「あ…」と声を漏らしてから、目を閉じてまた口付けに応じた。
何度も柔く撫で上げる彼の舌が気持ちいい。深めれば深めるほどに、身体が麻痺していく感覚がする。
唇を放すたび、離れるのが名残惜しい気持ちだ。
ツイードは思わず、言葉をこぼす。
「……やば」
「…へ?」
蕩けた目で、スルガが聞いた。
「……もっと、あっさりめに、するつもりだったのに」
「なにが…?」
囁くような声でスルガが尋ね、彼の手がツイードの首に触れる。
「けっこう、やばいですね、これ」
「……、ですよね…俺、ツードさんのキス、すごい好きかも」
これは、スルガのキスだろう、とツイードは思ったが、そんなことはどうでも良くなってきていた。
耳の奥がキンとするほど、痛い欲情に体が痺れてくる。
ツイードは、スルガの太腿に触れ、服越しにそこを撫で上げながら、ゆっくりと中心に向かって手を伸ばした。確かめようと思っていたその場所は、既に熱を持って硬くなっていた。
(あ、もう勃ちかけ)
「うわっ」
スルガが身をよじる。
「え、え、い、いいんです? それ」
「だめです?」
「だめっていうか、ツードさんが、俺の…! うわ、待って、やばいやばい」
彼の言葉を無視して、その熱を何度か擦り撫でた。それは、どんどん硬くなって、形がはっきり触って取れるように膨らんできた。
ここまでになると、衣服の圧迫が辛そうだ。
「脱ぎましょーか…痛いでしょ」
「いやッ、自分でやります! 俺、」
「なんで? 俺、やりたいですけど」
「~~~ッ!?」
騒ぐスルガをよそにツイードはベルトに手を掛けた。自分のに比べれば随分とシンプルな造りのバックルで、スルガのベルトは簡単に外れた。前を寛げてやれば、勃ちあがったそれが布を押しのけて、ほとんど弾けるように飛び出してくる。
「ひッ」
「…あー…」
思わずツイードは呟いて、腹に付かんばかりのそれをしばらく眺めてしまう。
「……すっげー……勃ちますね」
「あの、あんまマジマジ見られると…」
「いやぁ、俺の、もしかしたら、ご期待に添えられないかもしれないですね……」
「まじで、恥ずかしいんで…」
スルガは声を小さくしたが、むしろ堂々としていいのでは、とツイードには思えた。
「えっと、触ってもいいです?」
「いまさら…!?」
ツイードは、広げたスルガの両足を手で押さえつつ、彼の顔を見上げる。スルガは眉を寄せ、渋い表情でぼそぼそと言った。
「俺も、さわらせてください。ツードさんの……さわりたいです」
それを聞いてツイードは、満たされた気持ちで浅く笑う。
触れたその熱をやわく押さえながら、ゆっくりとスルガに近寄り、耳元で「いーよ」と囁いてみた。
「……ッ」
分かり易いほどスルガが身体を収縮させ、けれどすぐ彼の腕はツイードのベルトに伸びてくる。
スルガがそれを外そうと力を籠めるが、留め具のピンが中々緩まらず、何度かカチャカチャと音が鳴った。
こちらのほうも見ずに、自分の下腹部を一心に見るスルガの視線が、ツイードには少し面白い。手の中の熱を、ぎゅっと握りしめてみる。
「っ、まって…!」
スルガは、躊躇いではなく、制するような声を出した。
ああ気持ちいいんだろうな、とツイードには分かる。身に覚えのある形だが、触っている感覚がするのに触られている感覚がないことがなんだか不思議だ。自分と同じような場所で、同じように感じるのだろうか。湧き上がる興味が抑えきれない。ここまで硬いと、痛いだろう。
「ねえ、これ先に抜いちゃいません?」
「いやですッ、俺もさわりたい…!」
「はは、一緒にさわって一緒にイくんです?」
からかってツイードが笑うと、スルガが真剣な口調で「そーですよ!」と返してくる。
一瞬、スルガがツイードのほうに顔を向け、視線が合った。
彼は大まじめに言っているらしかった。
照れた表情の中にも、性欲に寄った熱意を感じる。
(やばい、抱きたい)
ツイードの頭は、突如その感情に支配された。
(嘘だろ、すげえ抱きたい、やばい)
抱く? どうやって。分からない。自らその手段を封じてしまった今となっては、ツイードがそうすることは叶わない。
今はただ、彼の熱に触れることしかできない。
もどかしさで、頭が焼けそうになってくる。
「…っ」
スルガがベルトを外し終えたらしく、下半身の布が緩んだ。手荒に下着がずらされる気配がして、彼の手が自身の熱に触れる。その覚えのある感触の切れ端が、いっきにこれから起こる快楽の記憶を呼び起こしてくる。その快感がもっと欲しくて、ツイードは咄嗟に手の力を強める。握っていたそれを、もっと明確に擦りあげた。自分が欲しいのと同じ分だけ強く刺激すると、スルガが震えた声を上げながら、肩に頭を預けてくる。
「……ッ、ま、…ふ、ツードさん…っ」
気持ちよさそうに額を擦りつけるスルガは、乱されて手の力を上手く扱えないようだった。次第にツイードを掴んでいた握力が弱まって、快感が逃げていく。それを追いかけるように、ツイードはスルガに踏み込んでいった。
「っ、あ…、ちょ、まって、ツードさん、いやだ、たんま」
スルガは反対の手でツイードの肩を掴んだ。
ぐっと身体が引かれて、スルガの唇に、噛まれるように口付けられる。
突然やってきたキスと彼の舌に、ツイードはバランスを崩して後ろに手をついた。そのまま伸びてきたスルガの両腕を受け止めて、顔の角度をキスに合わせる。唇や舌だけでは性急さだけを焚きつけるようで、直接的な刺激に繋がらず、もどかしさで焼ききれそうなのに、もっと深くを求めてしまう。
スルガの無遠慮なキスが堪らない。ツイードを求めてあがく姿に、ますます掻き立てられて息が苦しい。
やがてスルガが唇をゆっくりと放し、けれどほとんど触れたままの距離で「俺ばっかじゃ…なくて」と言った。
「ツードさんと、したいんです」
スルガの手がツイードの下にまた伸びる。軽いキスを何度も落としながら、スルガは蕩けるように呟く。
「もう、混ざっちゃいたい…」
正直、その気持ちが痛いほどわかる。
でもそれは結局、抱きたいと同義だろう、とツイードは頭の遠くの方で思った。それを言及しようにも、ツイードのコントロールはとっくに理性から欲求にハンドルを明け渡してしまっていたので、言葉も出て来ず、浅い息を繰り返すしかできない。
酸素が、碌に入ってこない。そのせいで頭がぼーっとする。
心臓の鼓動が、時計よりも早く脈を刻むせいで、時間の感覚が鈍って狂っていく。さっきからずっと、この加速したような時間の中で呼吸して、ゆっくりと溺れているみたいだ。
「わ、かりました、から…」
ツイードは掠れた咽喉から、必死に音を絞り出す。
「わかったから、じゃあ、こっち、俺に擦り付けて…?」
スルガの腰を抱いて、自分の身体に近づけた。スルガの肌が、直接触れる。
「……っ」
「一緒にでしょ…? こう、一緒にすれば、ほら…」
スルガの手を、自身の熱に誘導して、彼の指がそれに触れる感覚に、自分でぞくりとなった。思わず、スルガの手を自らの手で覆って、強く擦ってしまう。
「あ、あ、ツードさん、やば、まって、え、」
「……ふ、…あ、スルガ、さ…、やばい、いっしょに…、早く、俺の手に置いて…」
スルガを抱き寄せて、ツイードは自分の手に彼を当てつける。それはもう、信じられないほど硬くて、熱くて、はちきれそうだ。辛そうだとツイードは思った。こんなの、痛いだろうし、辛いだろう。
楽にしてやりたい。
そして何より自分自身が、早く楽になりたい。
息が足りない。
夢中でそれを握り、導くように強く擦る。
肩を握ったスルガの手が、ぎゅっと爪を立てる。宙に浮いた彼の腰が、ひくつくように揺れていた。いや、振っているのかもしれない、とそう思った瞬間、脳の中でとんでもない快感の汁が溢れ出たのが分かった。
「……ぁ、う、つ…どさん、ツードさん、も、むり、…イきそ」
スルガの吐息が乱れ、切ない声が漏れ聞こえる。
ツイードは自分の口からどんな言葉が出ているか、もうまったく意図できない。
感じたことのない快感なのに、どこにも届かないもどかしさだけが、身体の芯から先まで全部を支配している。
強くしてほしい。もっと強く。もっと欲しい。
スルガの熱を強くでたらめに握って、激しく思い通りにする。自分のもそう扱ってほしい――という願望が、上手く叶わず、違う種類の刺激だけで頭を直接摩擦されているみたいだ。
もどかしいのに、気持ちがいい。
もうだめだ。最高だ。頭が痺れて、溶けて、なくなりそうだ。
「つーどさん……ッ、も、イってい? おれ、イっていい? でそう、むり」
部屋の中はいつの間にか、お互いの音だけで充満している。
音も身体も、ぐちゃぐちゃになっている。
「…っ、いーよ、はやく……」
「むり、それ、いいか、らぁ、あ、ぁ…ッ、ぁああッ、~~~~……ッ」
「……っ」
声を共に、彼の身体が大きく震えた。
手の中で、スルガの快楽が溢れ出たのを感じた直後、彼の身体を抱きとめて、ツイードも欲望をそのまま彼の手に吐き出した。
身体中が痺れて震え、気が狂うほどの快感を伴う、人生で一番の吐精だった。
5-7
シャワーは先にスルガに貸したけれど、彼はすごい速さで濡れて帰ってきた。本当に水でも浴びたのかと思うほどの時間だった。ツイードがタオルを用意してから、シャンプーの位置を教えようとシャワールームに顔を出したときにはもう、スルガがそこから出てきている最中で、「分かりました?」と聞けば、スルガはタオルを受け取って目をパチパチとしただけだった。
ツイードは特に言及することもなく、自分も適当にシャワーを浴びてすぐに部屋に帰ってきた。
その時には、スルガは首にタオルをかけたまま、ベッドに座り込んでいた。
「すっ…………ご、かった………」
両手で口元を覆いながら、ベッドに腰かけたスルガが大きな吐息と共にそう吐き出す。ツイードはまだ濡れたままの髪をタオルで拭き上げていた。
「そうですか」
服を脱いだスルガを、初めて見る。下はもうアサシン装束のそれを身に着けてしまっているが、上は素肌がむき出しの状態だった。服の上から見て細い身体つきだと思っていたけれど、脱げば結構、硬そうな肉質をしている。
(前衛なんだし、当たり前か)
「え、微妙でした…?」
驚いたスルガが顔を上げる。ツイードは空想から我に返って「へ」と彼に答えた。
「いや、『そうですか』って」
「ああ、いや。すっごかったですね」
「余裕じゃん、嘘でしょ、俺もうパニックでしたよ」
自分も大概だったけれどなぁと、ツイードはさきほどの時間を思い返す。部屋の荷物の中から、着る物を探しながら彼に尋ねた。
「スルガさん、泊まっていきます?」
「ええ!?」
上に着る服を用意するかしないかの判断を仰ぐつもりでツイードは聞いたけれど、それにスルガは飛び上がるような大声を出す。
「泊まるのって、有りなんです!?」
「……まあ、狭いですけど、ベッド」
「いや! 全然大丈夫です! 床で寝れます、俺」
「床で寝るなら帰りましょうよ」
言いながらツイードが薄いシャツを差し出すと、スルガは受け取ってすぐ頭からそれをかぶった。
服を着てしまえば、スルガの体は着痩せするらしい。惜しいことをしたかもしれない。
「なんか…」とスルガがぼそぼそ口ごもる。隣に腰かけて、ツイードはスルガを見た。
「ツードさんって、やっぱめちゃくちゃ上手いんですね」
「え? なんで?」
セックスの手腕に関してどうこう評価されたことは今までにない。そんなの本人に言う人間なんてそうそういないだろう。ツイードは自然と笑ってしまう。
「なんか、前情報ありました?」
「いや、ないですないです」
スルガは大きく手を振ったあと、気まずそうに視線を斜め下のほうに逸らせた。
「俺の妄想……」
「はは! やっぱ妄想してんじゃん。なーにが一生しなくてもいいですか」
「しなくても妄想は自由でしょう!?」
予想通りというか、スルガは本当に期待を裏切らないから可笑しくて堪らない。
しばらくツイードが笑っていると、スルガは「そこまで…?」と眉を寄せて訝し気な目でこちらを見ていた。
ふう、と息を付ける頃には、物言いたげなスルガの視線も幾分か落ち着いていて、ツイードはゆっくりその視線に目を合わせ、緑色の瞳の色を味わった。
「……なんか、思ったんですけど、」
ぽそりとツイードが呟けば、「ん?」とほほ笑んでスルガが首を傾げる。
「スルガさんの好きって、心地いいですね」
え、と彼は口では言ったが、顔は嬉しくてにやけてしまったようだった。
それすら、可愛いことのように思えて、ツイードは言葉を続ける。
「夕方までは、それがぬるま湯みたいで、すっげー居心地悪いなって思ってたんですけど。もしかしたら、ずっと浸かってたいだけかも。逆に、出たら風邪引きそう」
彼の視線は、彼の愛情に似ている。それを一身に受けていると、スルガの感情を、そのまま浴びているみたいだ。
「クセになっちゃいますね」
緩く微笑むと、スルガは段々と顔を赤くしていった。
「俺は……ツードさんのそれのほうが、数倍……クセになると、思いますけどね」
「…俺のどれ?」
いや、それですよ、それ、とスルガは言ったが、なんとなく分かる気持ち半分、彼が好きなそれは本当に自分なのかなぁ思う気持ち半分だった。
「ってか、夕方までは、気持ち悪かったんです……?」
「いや、まあ。今は違いますけど、ぶん殴ってやろうかと思ってましたよ」
「なんで!? そんなにです!?」
「ほら、くすぐったい時って、殴りそうになるじゃないですか」
「なるかなぁ!?」
はは、とまたツイードが笑えば、スルガが不満そうな満足そうなわけの分からない顔のまま、やがて口を閉じた。
(結局、俺も欲求不満で頭バグってたのかも)
ほんの夕食前までは、あんなかき乱されていた感情が、今では嘘のように凪いでいる。
仕方なかったとも思えるし、もう少しなんとかしようがあっただろうとも思える。反省と同量程度の開き直りが、いつもの自分の塩梅で心の中を占めていて、今は平常心を保てているんだなと客観的にツイードは思った。
「ねえ、スルガさん」
呼びかけるとスルガは目を合わせてくる。
今はずっと、それを眺めていた気分だ。
「これからは、俺と飯食いたい時とか、飲みたい時とか、一番最初に、俺に聞いてください。教えますから、スルガさんには」
「へ」
スルガはしばらくぽかんとしていたが、ツイードがその様子さえ穏やかに眺めていると、やがて照れたように申し訳なさそうな顔をした。
「そうは…してるつもりなんですけど、もっと、努力します…」
あれでそうなのか、と思いはしたが、まあそうだろうなと理解する気持ちもあった。
じゃあいっそ、誰の側にも行かないでくれ、という感情がふと湧いたが、さすがにそれは言わなかった。むしろ、自分がそう思ったことに、ツイード自身が驚いた。
それは、さっきの情事の最中に感じた、抱きたい欲求の延長線上にあるものかもしれなかった。
「……なんかごめんなさいね、俺、こんなで」
思考を巡らせれば巡らせるほど、自分という人間がとことん碌でもない奴のように思えてきた。
「見捨てないで付き合って下さいね」
するとスルガは、心外だという顔で、真正面からいつもの調子で答えてくる。
「見捨てるって…またそれ、わざと言ってんでしょ。するわけないでしょ、俺が、先に好きだって言ったんですよ」
目の前に、スルガがいる。
自分のベッドの上で、自分の服を借りたスルガが、自分の事だけを見ている。
そのことに、こんな心地よさを見出す日が、来るとは思っていなかった。
「んー。スルガさん、やっぱいいなぁ」