ワルツ

 

 二人と、一人。
 後方から、アサシンが追って来ている。
 夜風の間を縫うように駆けながら、ノウは足音に耳を澄ます。
 訓練されたアサシンの、静かな足の音だった。爪先から滑らかに重心が移動していくのが、見なくても解かる。
 夜のプロンテラの街に沈みこむような足音だ。

 

 タ、タタ、タ、タタ。

 

 自分も含めて、計四人が、ロングステップを踏んでいる音に聞こえてくる。

 

 タ…タタ、タ、タタ。

 

 冷たい空気が鼻腔を突き抜ける。ああ、何かのダンスみたいだ。
 タップダンスよりたおやかで、サンバより流麗で。
 そのステップを踏みながら、栄養が得られた身体は何と自分の思うがままに動くのだろうと、心の底から感動した。
 足の指の先にまで神経がきく。全身の筋肉が微塵の狂いもなく言う通りに。
 やはり固形物を食べなければ駄目だ。肉と野菜。
 ノウは食事を指導してくれるような親や師を持たなかったので、今更ながらに、基本的な食事の重要性を知る。身をもって。

 

 タ、タタ。タ、タタ。

 

 建物の詳しい識別が出来ない。歩数と地形で現在地を知る。
 壁は夜色になってしまってから随分経った。
 アイボリーがインディゴに侵されている。
 夜は静かで好きだけれど、これだけがいただけない、とノウは思う。
 色鮮やかでなくてはならないわけではないが、何もかも紺色一色だなんて芸がない。暗いか、ほんの僅かに明るいか、その程度しか解からない。濃淡でしか表現され得ない何もかもなど、つまらない世の中さながらだ。
 この世界を、これ以上つまらなくてどうするのだ。
 足音だけがステップのようについてくる。
 頭の中に、いつかどこかで聴いたようなオーケストラの旋律が滲んだ。何の曲だったのか、はたしてこんな曲が実在するのか、定かでない。

 

 タ、タタ、タ、タタ。

 

(…ああ、ワルツだ)
 ノウは気づき、嬉しくなって微笑んだ。
 左足に重心をかけ、くるりとターンする。
 抜き去るカタールの音すら、メロディーに乗った。
 ジャ、と刃が、相手の刃を切る。
 両手のカタールは、まるで舞うように、けれど舞では在り得ぬ速度で、回転していった。
(ン、タ、タ。 ン、タ、タ)
 鼻歌でも口ずさみそうな律動。
 気づくと四度目のステップで、もう三人目のとどめを刺し終えてしまった。
(あ、終わった)
 カタールを振り払ってから、追ってきた連中の顔をちらりと確かめる。
 アサシン。
 やはり訓練されたアサシンはいい。リズムが美しい。
(それでも、あっけない)
 少し、勿体無かったか、と、口元に指をやりながら、ノウは考えた。
 ここまでのアサシンを育てるのに、何年がかかるだろう。
 自分が切ってしまえば、一瞬で終わる。
 それは美しいステップは、消滅の一途ではないのか。
 建物の隙間を、吸い込まれるように風が通った。
 夜の風は冷たく、色は馬鹿の一つ覚えが如く、紺。
 空腹は無い。
 数分前まで、生存者だった何かが三つ、足元に落ちる。
(残したところで、所詮は一色だ)
 そうに違いないと、ノウは頷いた。
 その事実に、さしたる絶望は感じない。
 悪くない気分だ。
 こんな気分は、久しぶりである。

 

 

2008.09.04