言ってない話

 ディーユは、最近、男と寝た。
 女と寝ることはあっても、男とはそうそうない。初めて男を食ったのは、以前の恋人だったクロウのときだ。誘われて、それに乗った。久しく会っていなかった幼馴染が、目を見張るほどの美青年に成長していたものだから、それをまじまじ眺めていたら、向こうがこちらを見る目には性欲が帯びているとすぐに分かった。
「やってみねえ?」と言われて、応じる形で頷いたが、聞かれる前からイエスと答えると決めていたように思う。女との交際に飽き飽きしていた時期だったし、専門外のことに興味があった。何よりあの熱で若干潤んだ目が、各段と魅惑的だった。あの幼馴染が欲情しているという事実にも、直接的に腰がうずいた。
 そして寝てみて思ったのは、やはり自分は挿れる側なら割となんだってセックスできるな、ということだった。自分のセックスは肉体的というより、シチュエーションによる興奮が強いという自覚が、ディーユにはあった。自分とどうしてもやりたい、と相手に思わせて、その相手を手の中で蹂躙するのが好きだ。サディストではない。支配欲と奉仕精神のバランスを考えるとそれと近いのかもしれないとは思う。けれど自分自身ではこれはコントロールフリークの結果だろうな、と予測はついていた。無理やり強姦したいんじゃない、したいのは、コントロールだ。状況を支配したい。自分の流れにもっていきたい。それに従いさえするのであれば、相手を気持ちよくさせてやるのだって『ご褒美』としてはやぶさかではなかった。
 男には、こういう性癖のやつはけっこういると思う。自分もその一人にすぎない。ただ、並みの男よりはそれが上手い、という自負がある。クロウと寝て、自分の技量が男にも女にも通用するという確証も得た。それによって持てた自信もあるにはあるけれど、別の意味では詰まらなくもなった。挑戦し甲斐がない。クロウと別れてからは、その手腕を使ってときどき女で遊ぶぐらいのことはしたが、どれもこれもぬるま湯の惰性だった。

 

 話を戻そう。ディーユは最近、男と寝た。
 相手はプリーストで、これが曲者だった。
 薄緑色の絹のような髪を肩まで伸ばした姿をしていて、いつも穏やかに笑っている。態度も受け答えも実に柔和で、話しながら彼の灰色の瞳をみていると自然と足元が浮ついた心地がしてくるような、そういう不思議な男だった。
 ただ、ディーユは彼と出会って一言かわしただけで、彼の腹が見えた。話の本質が見えている、抜け目がないプリーストだ。落ち着いた態度なのは、それに余裕があるからで、つまりは人を掌握する技術に自信があることの裏返しだろう。
 この男は別格だ。そして自分と同種の人間だ。そう思った。
 瞬時にそれを理解した。
 理解していて、それなのに、そんな男と初対面で酒をたらふく飲んで、お互い酔った勢いのまま寝てしまったのだ。
 馬鹿だ。
 考えられないほど異常な――でもそれ以上に激情的な熱に浮かされた夜だった。今まで適当な女と寝ていたことのほうが馬鹿に思えるぐらいの興奮と、快楽を同時に得た。相手のプリーストは、ディーユよりもさらに激しくよがっていた。
 きっと彼は、普段あんなセックスをするような人間じゃない。自分だってそうだ。一夜限りの情事だから、恥も何もかもかなぐり捨てて性欲をぶつけ合ったんだと思う。穏やかで品のある笑みを浮かべていた彼が、切ない声であえいで手放しにすがって絶頂に達するたびに、信じられないほどの恍惚感で脳が痺れて吐精した。あんなみっともないセックスをしたのは初めてだ。
 自分を知る周囲の人間には、恥ずかしくて言えたものではない。

 

 男の名はテオという。

 

 馬鹿で、異常で、信じられない話の続きだが、ディーユは彼と未だに会っていて、寝ている。
 ギルドメンバーにこの話はしていないし、するつもりもない。

 

 

2020.03.18