微力(4)

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2

 

 東プロンテラの雑多な酒場通りの一角。割とよく来る店のカウンターで、オレンジ色のランプをぼんやり眺めていたツイードに、後ろから声がかかった。

「よう」

 通りのいい声。振り返れば、サラエドがそこにいた。たまり場常連の一人であるハンター、マシューの弟である。少し年が離れてはいたが、小さい頃から兄の友人たちに混ざって狩りをしていたせいか、年齢以上に大人びたところがあるハンターだ。時折、癖のようにでる末っ子みたいな仕草とその落ち着いた雰囲気があいまって、独特の馴染み易さと近寄り難さがあった。そんなところをツイードは気に入っていて、マシューとは別に個人的な付き合いでよく飲みに出たりする仲である。たまり場連中とは来ないこの酒場を彼が知るのもそのせいだ。

 そういえば、ここ一ヶ月ほど彼の姿を見ていなかったなと、本人を目の前にようやく思い出す。

 隣の席について、手馴れた調子で麦酒を頼む彼はとても十代に見えない。

「なんだお前、兄貴のコスプレみたいな格好して」

 その日のサラエドは、薄緑がかった髪を短く切り込んで、ふちの黒いアンダーフレームの眼鏡をしていた。伊達だろう。マシューは同じ髪型の青色で、オレンジのファッショングラスがトレードマークである。

「楽でいいよ、この髪型」

 へらりと掴みどころのない笑いをして、サラエドは出されたジョッキに口をつけた。

「ああ、そんなことより、聞いたぞ、ツードさん」

 一杯目をいっきに飲みきらないまま、彼はかっこうの遊び道具を見つけたという瞳を隠しもせずにツイードの肩をつついた。

「スルガさん」

 ニンマリ微笑むサラエドから、ツイードは思わず視線をそらしてため息をつく。言われるだろうとは思っていたが、実際、彼のような付き合いの人間から、その話題をふられるのは苦しい気分だった。

「そんなに切羽詰まってたのか」

 独り言のように呟いたサラエドの言葉が聞き捨てならず、ツイードは聞き返した。

「誰が」

 睨めば、その真意が分からないでもないくせに、きょとんとした顔をみせて、彼は答える。

「スルガさんが」

 そうかわされて、ツイードは少しムキになった自分を咄嗟に馬鹿だと思った。思考の幅に余裕がなくなってきている。後からじわじわと恥ずかしさが湧いた。

「まさか告るとは思ってなかったけど、あんたがオーケーしたことのほうに吃驚だね」

「思ってなかったって、知ってたのかよ、お前は」

「んー、まーね」

 適当な返事をしてサラエドはジョッキに入っている分の酒を飲み干した。

 こんなところにまで知られていたなんて、と、スルガの筒抜け度合いに、ツイードは渋い顔で額を押さえる。どこまでオープンなんだ、あのアサシンは。

「周りから固められてたのか…」

「そんな作戦まで張れる人じゃないけどな、スルガさん」

「いや、気づかなかった俺が悪い」

「だな」

 慰めもせず、サラエドは相槌を打った。終わってしまったことは仕方ない――彼の横顔にはそう書いてあった。ツイード自身、同情を求めたわけではない。

「んで、どーなの、新婚生活は」

 後ろに団体ギルドが入ってきたらしく、酒場はざわついていた。その喧騒にまぎれてサラエドが酒の肴になりそうな話を求めてくる。

 新婚だなんて、わざわざ大げさな単語を使ったりなんかして、彼も性格が悪い。相変わらずだ、とツイードは含み笑いをしながら、その話題に乗ってやった。

「どっちかってと、アコライト同士の初交際って表現が近いんですけど」

 スルガと付き合いだして、一週間と半分ぐらいが経っただろうか。実際、話して聞かせるようなことなど何も起こってない。

 初めの夜に少しあれこれがあって以来、拍子抜けするほど進展がなかった。変化と言えば、一緒に狩りに行く回数と、夕食をとる回数が増えたこと、あと外野の冷やかしくらいだ。周囲のあからさまにニヤニヤした気遣いが多少煩わしいのは覚悟していたけれど、肝心のスルガ本人の態度はそれほど回りくどくなかった。三日に二回程度の狩り。食事に関してはそれの半分ぐらい。周りからも不自然と思われず、かといって必要以上に間合いを詰めるわけでもない、適度な頻度だと思う。

 まったく何もしないとなるとお節介焼の仲間たちが、何かくだらない理由をあれこれつけて無理やり自分たちを二人きりにしたがることが、ツイードにとって一番面倒な問題であったので、それが回避できている今の付き合い方は、意外なほど心地よかった。

 もしかして、この状況はスルガの意図的な計らいなのだろうか。『そうだ』とも『そうじゃない』とも言えるだけの情報がツイードの手元にはない。

 

「スルガさんも馬鹿じゃないってことじゃないの」

 しばらく黙っていたツイードに、サラエドが分かったような口をきく。何を生意気な、と思われる事が目的のようなものだから、彼はたちが悪い。

「いや、俺はよく知らないけどねー」

「適当なこと言うの、ほんと好きだなお前」

「適当に生きてますからね」

 ころころ変わる外見が、彼の内心を分からなくさせる。ツイードは元々、こういった飄々としたタイプの人間が好きだ。スルガのような、本音全開の暗殺者なんてバランスの悪いものじゃなくて。だったら何故、自分はあの男の誘いにそそのかされたのか。

「……。……立ち姿がさ」

「うん」

 口から漏れた呟きに、サラエドが相槌を打ったから、ツイードはその続きを飲み込むタイミングを見失った。仕方が無い。ずるずると声に出してしまう。

「きれいだったんだよなぁ」

 床に向けられた視線、まっすぐ通った背骨。振り下ろされたカタールとアサシン装束。

 あの姿だけは、何度見てもいい。

「え、何これ惚気?」

「ちがう、言い訳だ」

「どの口からそんなもん出てくんだっての。俺びっくりしちゃったよ」

 サラエドがここで初めて溜め息らしきものをついた。

 『ちょっとしっかりして下さいよ』と苦笑まじりに彼の肘でつつかれて、これが今までの順当な反応だよなあとツイードは思う。

 スルガの件に関しては、暖かい祝福なんかより、呆れ半分の忠告が欲しい――そう思っている自分がいた。この奇妙さに怪訝な顔ををしてくれないと、まるでツイードが本当に恋愛してるみたいじゃないか。

 

(いや、本当に付き合ってんだけどな)

 

 一緒に傍観者になってくれる友人がいないと、頭がすっきりしない。舞台と幕の内の線引きがいつまでも曖昧なままになる。

 どうしてスルガと付き合っているのか、理由と目的があやふやに飲みこまれてしまう。しっかりと、掴んでいなければ。せめて自分ぐらいは自分自身を理解していなければ。思い出させてくれる友人は大切だ。

「サラ」

 彼の名を呼べば、ん?とサラエドは顔をあげた。何か思い浮かんだ感謝の言葉はどれも独りよがりで、口にする気にもなれずツイードは違う話題をふった。

「お前は何してたの」

「俺?」

「しばらく顔、見せなかったろ」

「へへ、それがさ」

 待ってましたと言わんばかりの彼の笑みを見て、なんだそっちこそ持ちネタがあるんじゃないか、と、ツイードは自分の下らない話をして損した気分になる。

 楽しそうに話し出すサラエドの横で、ツイードは呆れながら苦笑し、友人のためのあらゆる返し文句を考えながら自分のグラスに手を伸ばした。

 

 

 

 

 

3-1

 

『ハ…っ』

 吐息が聞こえた。

 それはとても甘い声だった。

 滑らかな肌は、触れるだけで吸い付くようにスルガの手に馴染む。

 ツイードは、潤ませた瞳を揺らせ、スルガの名を呼んだ。

『……ス、ルガさ……はやく』

 腕が引き伸ばされて、スルガはその手に誘われるように顔を近づける。

 秘所はもうずいぶんと濡れていた(、、、、、、、、、、、、、、、)

 躊躇いはあったが、彼があまりにも気持ち良さそうな声をだすもので、罪悪感も忘れ肩に口付ける。ツイードの身体はピクンと引きつった。

『ちが…。なぁ、もう分かってんでしょう…?』

 スルガの頬に、ツイードの指が当たる。

 分かっている。

 唾液を飲み込めば、自然と喉が鳴った。

『……い、いんですか?』

 こく、とツイードが頷く。スルガの脈が、激しい音を立てて全身に血をかけめぐらせる。

 バクバクバク。

 そっと、その部分を触った。驚くほど、簡単に、指は内部へと入り込む。

『ア…』

 彼の声は普段よりも高く、快楽に埋もれているのが容易く知れた。

 ゆっくり、指を動かせる。

『…ぁ、…ンっ、スルガさ、ン、あ、あ、あ』

 ツイードの声に導かれるように、スルガは指を奥へ、そして強く内側を擦ってやる。

 彼の声が脳髄に響く。

 挿れたい。

 頭がそれ一色に染まった。

 早く挿れたい。早く。『ア、もっと…ッ』早く。『あ、あ、スルガァ…!』早く。

 

 ガンッ!!

 

 扉が叩かれて、ビクっと全身の筋肉が収縮した。

 

「スルガ!! お前、約束すっぽかしてまだ寝てるとか、いい度胸ね!!」

 

 飛び起きる。

 ドアの外から聞きなれた怒鳴り声が響いていた。

「スルガさーん、だいじょぶですかー?」

「スルガ~~!!」

「ちょ、近所迷惑だろお前」

「ねえコレ大丈夫? 開けたらツードさんが裸で寝てるとかそういうオチない?」

「ないない! ヘタレアサシンにそんな甲斐性あるわけねえ!」

 

(夢か……!)

 

 スルガは咄嗟にテーブルの上に置かれた自分の装備を確認した。

 カタール一式、短剣が二本。

 

(そろってる)

 

 ほっとしてから今の現状を把握した。待ち合わせ、寝坊、外には仲間たち。

 スルガは急いでベッドから立ち上がり、衣服を整え、慌ててドアの鍵をあけた。スルガがノブを捻るより早くドアは開かれ、ガンッと盛大に顔を打ちつける。

「スルガーーー!」

 最初にドスドスと入り込んできたのは、アサシン、スミだった。

「わるい、今起きた」

「見りゃ分かるわよ! 死ねこのタコ!!」

 自分より頭一つ分以上背が低い彼女に思いっきり足を踏まれ、スルガは思わず飛び上がる。

「~~~ッ!!」

 そんなスルガを構うことなく、戸口で待たされていた仲間たちは、ぞろぞろと部屋へ流れ込んできた。

「あっれ、思ってたよりキレイ」

「変な匂いもしないね」

 プリーストのアンナとウィザードのリーシャが、部屋をきょろきょろ見渡して、そう失礼な感想を述べる。

「なんで俺の部屋、臭いこと前提なの…?」

「いいから早く仕度しなさいよ。アンタ揃わないと狩りに行けないじゃないのさ」

 スミは床を足で打ち鳴らしてスルガを急かし立てた。

 開け放たれたドアにもたれ掛かったハンター、この中では唯一の男性であるレムスアルドが、同情に満ちた生暖かい視線を向けている。

「レム」

「俺は知らない。寝坊したお前が悪い」

 たった一人の味方に見捨てられ、スルガは頭を垂れつつ、寝起きすぐに所在を確認したカタールへと歩み寄った。

 同じテーブルに置かれていた包帯に手に取り、会話のついでにそれを巻く。首、手首、足首。間接の邪魔にならないように巻くのは初めのうちこそ時間がかかったが、さすがにもう慣れた。服を着替える間も出て行く気なんてまるでないらしい友人たちは、スルガの部屋で好き勝手にくつろいでいた。

「なんっもないね」

 アンナが感心するように言った言葉を、スルガは「茶も出ないのか」という意味だと勘違いして、部屋の隅にあった食料がごったに入っている袋を指差した。

「いや、食いもんぐらいありますよ。そこ、クッキー缶あるからどうぞ」

「そうでなくてさ」

 ねー?とアンナがリーシャに同意を求めた。リーシャは頷き、スルガに言う。

「なんか、こう…本、とか」

「ホン~?」

 アサシン装束に腕を通しながら、スルガは言われた単語のあまりの馴染みなさに眉を寄せた。

「俺、そーいうのさっぱりだから、読みませんよ?」

「でもなくてー」

 もどかしそうに言葉を探すリーシャに、ベッドでこれ以上ないほど寛いだ格好のスミが顔の前で手を振った。

「コイツにそういう知的さとか求めても」

 あんまりな言い方だとは思ったが、実際、教養とかいうものとは皆無な人生を歩んできているので、スルガはスミの悪態に反論する言葉をもたない。

「…いや、確かにないけどさ」

 食い違う彼女らの会話を遠巻きに見ていたレムスアルドが、解決の糸口を提供する。

「っていうか、食料と武器以外、なんもなくね?」

「あー、それ! そういうの!」

 アンナが入り口のハンターを見ながら、納得がいったように何度も頷いた。

「え? お前ら違うの?」

「いや、もっとなんかあるだろ」

「服、とか」

「あるじゃん」

「もっと数」

「ってかこの部屋で、帰ってきたら何してんの?」

「何って…寝る?」

「寝る前」

「ええ? なんかするもんなの?」

「スルガ、お前一体、一日何時間ねてんの?」

 スミが言った最後の言葉に、残りの三人が笑い出した。

 あーそれでいつも一人最後まで元気なのね、とアンナが続けて、スルガの部屋の話題はお開きになった。なんだか釈然としないままスルガの身支度は終わってしまう。

 手荷物をまとめて、ぞろぞろと部屋を後にした。

「なんもないくせに、おっそいよ」

「ってかスミはなんでこんな機嫌悪ぃの?」

「昨日、彼氏にドタキャンされたから、今日は約束破りにはキビシイんだよねー」

「彼氏じゃないって!」

「なにそれ、超やつあたりじゃん」

「いやいや、お前が寝坊しなかったらよかっただけの話だろ」

「えー。俺の寝坊はデフォルトにしといてよぉ」

 言いながらスルガは、何か狩りに行く約束でもしていたっけ?と疑問に思った。

 昨日の記憶をかすれた頭から引っ張り出してくるが、どうにも思い出せない。普段の狩りなんかは、その日たまり場に集まった連中で適当に行くものだから、わざわざ自分が泊まっている宿まで出迎えにくるなんて珍しいのだ。そんなことをさせるほど、しっかりした約束だっただろうか。した覚えすらない。

 まあ、いいか、とスルガはすぐに思いなおした。

 とりあえずたまり場に行く雰囲気になっている仲間たちの後に付いて行くことにする。

 こんな些細な違和感は、日常にいくらでも転がっているものだ。ただ自分が忘れてしまっているだけだろう。

 

(なんか他にも忘れてる気がするんだよなァ)

 

 首の後ろをかきながら、それでもスルガは連中のたわいない話のほうに意識をそらしていった。

 

 

 

 

 

3-2

 

「あ、ツードさんだ」

 一旦、たまり場にて、狩りの行き先会議をしていたところに、遅れて彼が来た。

 ツイードを発見したスミの声で、スルガは数人と囲っていた地図から即座に顔をあげて、表通りの方に視線をやる。相変わらず生活臭のしない歩き方で、ツイードがこちらに近づいて来ていた。

 彼の顔を見た瞬間、昨日、自分が彼を夕食に誘おうと店まで決めて意気込んでのに、結局声をかけそびれてしまった事を思い出す。

 ああ、忘れていたのはこのことだ、とスルガは思った。

 昨夜、スミたちに酒場へ連れて行かれ、延々酒を飲んでいたのだが、何を言われてもどことなく上の空だった。今日の狩りの約束なんかは、おそらくその時にしたのだろう。

 注意力が散漫にもほどがある自分に、スルガは内心ため息をつく。

「おっはよう、ツード」

「ツードさん、ちゃーす」

「ああ、どーも。よかった、狩りまだ行ってなくて」

 『行き先決まりました?』と皆に声をかけるツイードは、笑っているわけではないのに、どこか気さくでいい心地よい空気を感じさせる。相変わらずだなぁと、スルガはそれをぼんやり眺めていた。そのどこまでもいい愛想を見ていると、複雑な気分になる。彼の社交性は、まるでバリアみたいだ。

 親しみ易いけど、踏み込み難い人。彼がそうだとスルガが気づいたのは少し前のことだ。気が付いてからは頻繁に目がいって、そのたび彼の滑らかなコミュケーションに『うまいなぁ』『ああいうのって修羅場くぐってきてんのかなぁ』と感心しきりだった。その視線が、いつの間にこんな恋愛感情となったのか、実のところ自分でもよく分かっていない。

 むしろスルガは彼の人柄を見て、この人にはあまり踏み込んではいけない、と感じていたはずだった。あまりに精巧に思えたせいだ。自分なんかが無闇に触っていいものじゃないし、彼も踏み込まれるのを好まないだろう――という気がしていた。それなのに、自分はどうして、あえての一歩を踏み出してみたくなったのだろう。猫をも殺す愚かな好奇心だ。

 『馬鹿じゃねえの』とこっぴどくフられたら、ああやっぱりねと笑って諦めるつもりだったのに。実際、断られたとき、どうしても彼が欲しい、という強い欲求が頭を支配して、簡単に引き下がれなかった。

 どうしてこれほど強く彼を引き止めて置きたい気持ちになるのだろう。

 いつからなのか、どうしてなのか、何も分からないのに自分は彼が好きだ。

 近頃は顔を見るだけで、なんの疑いもなく反射的に「好きだ」という言葉が浮かぶ。自分が誰かにこんなことを思うときがくるなんて、あんまり考えてこなかった。だからどうすればいいのか、まるで分からない。

 でも、ツイードは、付き合ってくれると言った。肉体関係抜きで。

 だから自分たちは恋人だ。あまり滑稽なところを、他でもない彼にだけは、見られたくない。

 

『スルガさん…ッ! 早く』

 

 突然、今朝の夢の内容が、スルガの脳裏をよぎった。

 肉体関係抜きで?

 いや、どう考えたってあれは。

 

(……あ、あんなこと)

 

 頭の中で、言い訳という名の思考が加速する。

 

(してたよな。したいのか。いや違う、あれはだって、女だったよ。ツードさんじゃない。けど、顔はツードさんだった。声も。どうしてだよ。馬鹿か俺。なにやってんだ)

 

 考えが纏まらない内に、最悪なタイミングでツイードと目が合う。スルガの肩は勝手に引き攣った。

 彼は小首を傾げて、会話を促す仕草をする。何か喋らないと不自然になってしまうが、今のスルガにそんな余裕はない。

 口を開けて、声を出そう努力して――しかしとうとう、何も言葉が思い浮かばなかった。

「……こんにちは」

 苦し紛れに零れ出た挨拶の言葉に、ツイードは瞬きを一度して、はぁ、と頷いた。

「こんにちは」

 思わずスルガは、顔をそらす。

 駄目だ、完全に馬鹿だと思われた。いや、そんなこと今更なのだろうか。でもこれ以上失望させるのは。

「何、やってんの……あんた」

 隣に居たスミが、まったく無様なものを見る目で眉をしかめ、ぼそりと語りかけてくる。

「……何も言うな」

 さらに小声で、スルガは言う。

「やだ、スルガが救いようのない馬鹿だ…」

「……わかってるよ」

 そうこうしている内に、狩りの行き先が決まったようで、本日のパーティーリーダーであるマシューの声が後ろから響いた。

「よーし、決定! はーい注目ー!」

 視線がマシューに集まる。

「今日は炭鉱にいきまーす!」

 

 

 

 

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