意味のない夜

 


 甘い小雨が降っている。
 柔らかく、何の意味もない夜だ。

 

 『明日行こうか?』とディーユが言った言葉を、頭の中だけで何度も転がしている。

 

 そう言われて当たり前のような態度を取ってしまった。「今夜は無理なんだね」
 なんで愚鈍な態度だろうと、後になってから改めて思う。

 

 こういうことを言えば彼がああいう風に返すのは分かりきったことなのに、それをそのまま行ってしまう自分が、どうしても馬鹿に思える。

 もちろん全部にじゃない。

 心のどこかで、それらを馬鹿にしている自分自身を、捨てきれない、という意味だ。

 

 『明日行こうか?』

 

 返事は曖昧にした。

 だから彼は、来ると思う。

 そういう仕組みになっている。

 彼の人生はそういうロジックのルールでできている。


 知っているのに、確かめてしまう。
 いや、確かめているわけでもない。こんなのは、気を惹くだけの行為だ。

 

 それでも、ディーユの声が忘れられない。
 あの声が、あの口元が、一音一音発声する、あしたいこうか?

 

 夜だ。

 

 明日の夜までは、気の遠くなるような時間がかかる。
 星が動く速度を、じっと眺めているような、恐ろしいほど大量の時間。


(こんなことして、俺は満足なのかな)


 本当は全部、分かっていたのに。
 ロジックで動く彼の、愛を確かめてしまう。
 愚鈍で馬鹿だ。そんな自分が捨てきれない。

 

 甘い、ディーユの声を、何度も転がしている。

 明日になれば、きっと大丈夫だ。

 なにもかも、元に戻っている。

 

 それでも、どんなに待っても、明日は今日じゃないから、
 やはり、今は、何の意味もない、夜だ。

 

 

20201102