ウィンナーを食う奴は馬鹿

 酒の席で、ウィンナーを食べているときほど自分のことを愚鈍だと思う時間はない。
 周囲に喧噪があって、隣には顔見知りの仲間が座っていて、テーブルには種類の乱雑なアルコールと、肴のフライドフィッシュや茹でたウィンナーがある。
 その日の狩りの打ち上げも、普段と変わらないどうでもいい会話の中で、ほとんど意味のない時間が過ぎ去るだけだった。

 

「結局、レアでたの?」
 ギルド仲間のハンターが振ってきた話に、ディーユは緩く首を振る。
「店売り品だった」
 収集品の鑑定はブラックスミスの仕事だった。ギルドで一番長い冒険者が自分になってから、アイテムの管理はずっと一人でしている。
 尋ねてきた彼も、過度な期待はしていなかったようで、「あー」と言葉を濁し、「まあまあ」と相手にか自身にか曖昧な慰め方をした。
「シケてんな」
 クロウが気遣うこともせずそう言った。両手をだらしなく下げたまま、椅子の背に大きくもたれ掛かり、言葉通りのシケた表情を浮かべていた。そのやる気の抜けた顔を眺めながら、『まったくだな』とディーユは思う。まったくその通りで、実際、テーブルの上の湿気た食べ物たちがそのまま、この酒の席の空気だった。

 

 この日が特別に憂鬱な夜というわけではない。ただの日常だ。大きな失敗も成功もなく狩りを終えた日は、いつもこんな席でしめくくられる。後はもう少しだけこの他愛のない会話を続けて、それも飽きた頃に解散して、シャワーを浴びて寝るだけだ。この後のタスクは、全て決まってしまっている。もちろんそれが嫌でもない。無難な夜だというだけだ。
 先のことが分かっていて、時間をつぶすために席にいるとき、あてもなくワインを飲んだ後で口の中に入れるウィンナーの旨味は、不適切だと思う。いつ食べても、中に詰められた肉からあふれる汁は同じように美味い。これほど美味くなくても、口に含んで咀嚼できればそれで充分な夜なのに。勿体ないほどの味が噛みしめるたびに広がる。自分の舌は、その塩気の利いた肉汁をただ追いかけるだけになっている。思考のほとんどは放棄され、必要のない旨味に味覚は身を任せている。頭のキレが、ただ漫然と鈍っていくような味だ。なのに舌は馬鹿みたいにその味を追う。

 

「そういえばさ」
 仲間の内の誰かが話し始めて、ディーユは顔を上げた。けれど、頭の中ではぼんやりと別の事を考えたままだった。
 この間、テオと会っているときに、同じ味がしたような気がする。

 

 できる人間と、試すような態度と言葉で、恋愛の真似をする駆け引き――テオとの関係はいつも通りの自分の遊びの一環だ。
 洗練された会話、先読みする行動、機知に富んだ表情。テオはそういうことを難なくこなす。彼に引けをとらずその相手をするのは充実感があった。いつか出し抜いてやるという意欲もあったはずだ。そういう付き合いの中で肉体関係も重要な駆け引きの一つだった。
 けれど、実際にしているセックスといったらどうだろう。あれはまるで、今夜のウィンナーだ。
 不必要な旨味がする。無意味に舌が、その味を求めている。煽情的なテオの眼にあてられて、貪るように奥を突く自分は、間違いなく人生で一番間抜けな時間を過ごしているだろう。旨味に舌を這わせるだけの無様で余裕のない欲情が、身体中を、頭の中全部を、支配している時間。思考の全てを放棄して、ただそれを味わい尽くしているだけの自分。

 惰性なら、さっさとやめてしまえばいい。
 馬鹿になるために寝てるんじゃない。賢く楽しむためだ。こんなどうでもいい日常の、だらしのない夜に味わうものと、同じ感覚になるぐらいならそれのどこが利口なのか。
 それとも自分の舌は、あの肉汁にイカれているのか。

 

 もう先のタスクは決まっているのだ。
 一生あの男の側にいるわけじゃない。この先ずっと恋愛ごっこをし続けるはずはないし、肉体関係も持ち続けることはない。
 早く切り上げて、一日を終えないと。
 そんなことを考えながら、いまだにワインを飲んでウィンナーを食べている今この席にいる自分を俯瞰して、ディーユは内心で呆れ返っている。

 

 なんて愚鈍なんだろう。 
 いっそ、不味ければ良かったのに。

 

2020.04.19