噂話

 

「そういやアイツ、カノジョできたぜ」

「…は?」

 たっぷり間を置いて、十秒、頭の中で飛びかった色々な言葉たちを何一つ捕まえることが出来ず、クトノはそうオウム返しに尋ねた。

「……カノジョ?」

「そう、カノジョ」

 クロウはつまらなさそうに同じ言葉だけで返事をして、目の前のレモンパフェから大きく掬った一匙を口にほうりこんだ。そして口を閉じた瞬間、「あ~」と声を上げる。

「こっちだわ、やっぱ。生クリームだったわ、俺が食いたいのは」

 だろ、と隣でコーヒーを飲んでいたディーユが、別段誇らしげにするでもなく平素通りの調子で相槌を打った。

「ウィンナーコーヒーじゃねえだろ」

「じゃねえわ。つーか、今もうこれしか食いたくねえんだけど。下のアイスとか余んだけど」

 まるで、このアイスをいるか? とでも言いたげな顔でクロウが自分の顔を眺めるものだから、クトノはゆるゆると首を振る。

「こんだけしかのってねえの、生クリーム。うそだろ。バケツ一杯食いたい。なにこれ、ツワリ?」

「マジか。ご両親に挨拶にいかなきゃな」

「なに言ってんだよ馬鹿、お前の子じゃねえよ」

「酷い、今まで騙してたのね」

「それ性別設定おかしくね?」

「いや、あのさ」

 テンポよくダラダラと続く掛け合いに、間合いの悪い声をクトノは挟まざるを得ない。

「いや、カノジョって…」

 そのとき、ディーユの口元がニヤっと笑って、彼は伏せ目がちに隣の相方へ視線を流した。クトノがつられてクロウを見れば、彼もつまらなさそうな表情の後ろに笑いが隠せないようで、奇妙な口元になっている。

「……なんだよ」

 たまらず、クトノが不服をこぼせば、二人はプ、と吹き出すように笑った。

「だよな~! やっぱ気になるよな、お前は、やっぱ」

「お変わりないようで何よりだよ、ホント」

「そうでなくっちゃなー」

「期待を裏切らねえよな」

「あー、ウケる」

 要らないと言っていたわりにクロウはパフェを食べているし、ディーユはコーヒーをすするばかりで、一向に話は進まない。クトノは数年間ギルメンとして彼らのこれと付き合い続けた経験に加え、自身の加齢による諦めにも似た度胸から、昔は踏み込めなかった一歩を前に出す。

「笑ったんだから、詳細教えろよな」

 お、とディーユが視線を上げた。

「知りてえの?」

「いや、誰だって気になるだろ、そんなぶっ飛んだ話題」

「そりゃーそうだ」

「もっともだ」

 しらけた顔で二人はうなずく。

「……で?」

 なおも根気よくクトノが食い下がると、クロウがしけた顔でスプーンをくわえて言った。

「本人に聞けばァ?」

「いやいや」

 思わず手を振って、クトノは正面のディーユを見る。ディーユは少し肩をすくめて見せた。

「可愛い子だぜ?」

「いや、どこの子?」

「ウチだよ。新人の」

「新人!? いくつ」

「さあ、5コぐらい下じゃねえの。森出身の、すれてなさそうな感じの」

「は、はあ……?」

 クトノは知らず知らずのうちに前のめりになっていた姿勢を少し脱力させて、椅子の背もたれに体をあずけた。

「……馬鹿なのか?」

 感想がこれしか出てこない。

「カリシュが?」

「いや、お前らもだよ。なんで野放しにしてんの、そんな田舎出の、うぶな子に。アイツだぜ? 見てくれに騙されてるうちに、ぺろっと食われちまうよ、無責任に。みるまに大惨事だろ、はやく止めろよ」

 はっはっは、と乾いた声をディーユが上げた。クロウが冷めた声で顔も上げず言う。

「自己紹介乙」

 クトノは内心、チクショウと舌を打ったが、ここは堪えてギルドの未来の為に忠告を続けた。

「いやいっそ『経験者は語る』だろ。重みあるだろ」

 しかしディーユもクロウも、さして真面目に聞き入れる様子はない。

「まあ、なぁ」とディーユがカップをソーサーに置く。

「色々分かるけど、でもお前はホント、自分の存在を過小評価しすぎだよ」

 含みのある表現だったが、クトノには今一つ真意が掴めず、ディーユの表情を窺ったが、彼はそれ以上言葉をつなげようとしなかった。代わりと言わんばかりに、隣のクロウが投げやりに言い放つ。

「本人に聞けばァ?」

 

 

2015.11.11